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自己実現で生計が立てられている(結局、そういうことなのだろうか現代の自己実現の定義とは)人は、恵まれている要素があると思う。
才能 だったり、 親の経済的背景、 あの城戸真亜子は成人後も金持ちの夫と結婚して自由に創作できる環境を手に入れた、
逆に阻害する要因は何か
食っていくために仕方なく諦めた ほとんどがこれだろう。
俺たちもそうしたんだがら、おまえも諦めろ、とかも。
でも、ベーシックインカムと奨学金で本当の意味でスタートラインを同じにしてみたらどうだろう。
やりたいことをやって金にならなくても飢え死にはしない環境を設定する。
だいたい画家とか作曲家(クラシックね。ボップスは逆で椎名林檎みたいに世代が・・・閑話休題、略。)、作家とかも早熟の一握りの天才を除いては晩成が殆どだろう。ドキュメンタリーの作家とかも。
仕込みの期間があとで輝いてくる。時間が味方になる。
そうそう恵まれている要素には 健康 も外せない。
肉体的優位性とかも(イチローとか)。
そいや将棋の人で挫折して諦めたけど介護職が想定外に御自分に合っていて高齢者と心の交流が深まって同僚が応援してくれて藤井君の連勝をストップするくらいに帰り咲いた人もいたな。その人は復帰しても介護職に関わる時間を確保していて、それが実は自分のエネルギー源だったんだ、と語っていた。
食うために諦めて、それが自己実現さ、と上から目線で悟ったように言うのなら、この人は介護の職で自己実現してめでたしめでたし日本昔話で終わっているはずではないのか?